|
仙台弁護士会の平成19年度会長の角山正です。
仙台弁護士会は、宮城県内の全ての弁護士及び弁護士法人が加入する公的法人であり、その平成19年4月1日現在の登録者は、弁護士が261名、弁護士法人が3法人です。私たち弁護士は、憲法の定めた基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命としており、その使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努めています。
社会的紛争の解決のために、民事裁判で当事者の代理人となることは、弁護士の仕事として国民の皆さんに理解いただいていると思います。しかし、刑事裁判において弁護人となるという仕事が、必ずしも十分に理解されているとは考えておりません。各地で冤罪の報道があいついでおります。又、平成21年に実施が予定されている裁判員裁判についての関心も高まりつつあります。改めて、刑事裁判とは何であって、弁護人はどういう役割を果たしているかについての理解を求めていきたいと考えております。
平成21年に実施が予定されている裁判員裁判においては、選挙権を有する人は裁判員となり「人を裁く」という立場になりえます。「それでもボクはやっていない」という映画を見た方もおられると思います。周防監督はこの映画作成の動機を「無実であっても、無罪になるとは限らない。この事件に対する怒りが、僕の映画の核心だと語っています。映画の最後にテロップが流れます。「自分が裁かれるように、他人を裁きなさい」。被告人の青年は最後につぶやきます「真実は神様だけが知っていると言うが、それは違う。僕も知っている。僕はやっていない。」
犯罪があるとき犯人を発見し、処罰をしなければならないと言うことは当然です。ところがある人がはたして犯人であるかどうかということの認定は非常に難しい仕事です。
罪がないのに犯人として処罰されるものの苦痛は計り知れません。そこで、神様ではない人間の判断には限界があるから「疑わしきは罰せず」というルールが刑事裁判の鉄則となりました。他方「犯罪必罰」の社会的要請も当然にあります。そこで、刑事裁判においては、検察官に犯罪を合理的な疑いを入れないまでに証明する責任を負わせ、被告人には弁護人を頼んで十分に自らを弁護する機会を与え、中立・公正な裁判所が最終的に判断するというシステムを作りました。訴追するのは国家です。訴追されるのは個人です。その力の差は明らかです。その力の差のある個人が(しかも大概の場合、身柄を拘束されていいます)十分に自らを守りきれるでしょうか。被告人に対し弁護人の援助が不可欠である所以です。
犯罪に対する怒りが大きければ大きい程、なぜ悪い人間を弁護するのかという非難を弁護人が受けることはよくあります。しかし、弁護人は無実の人が罰せられないための最後の防波堤です。その役割についてのご理解をお願いする次第です。
いささか、刑事裁判の問題にかたよったご挨拶となりましたが、裁判員裁判へ向けての弁護士会からのアピールとしてお読みいただければ幸いです。
|